第一次オイルショックは、わが国の経済・産業だけでなく、住宅供給、あるいはプレハブ住宅供給に大きな影響をもたらした。住宅供給にとっては、これまで著しい成長を遂げてきたものが、オイルショックを機に大きな転換を示し、住宅建設戸数が激減した。プレハブ住宅も昭和三十年代半ばから始まり、つねに二ケタ台の成長率を示したものが、ここにきて成長が減速、厳しい低成長の時代を迎えることになる。昭和四十九年度以降の住宅建設戸数の推移を見ると、昭和四十九年度に前年度比二八・四%減の一二六万戸。
加古川市の新築一戸建て
春日市の新築一戸建て
JR横浜線(中山)の新築一戸建て
つくばエクスプレス(八潮)の新築一戸建て
東葉高速鉄道(船橋日大前)の新築一戸建て
戦後このかた、住宅建設戸数が前年度比で二ケタ台の減少となったのは初めてのことであった。その後、昭和五十〜五十四年度の間はやや持ち直し、一五〇万前後の戸数で推移したが、昭和五十五年度になるとふたたび激減して一二一万戸、五十六年度には一二○万戸を大きく割り込み、一一四万戸という建設戸数となった。そして昭和五十七年度一一六万戸、五十八年度一二一万戸と建設戸数減少の傾向をたどった。このころのことである、日本の住宅建設戸数はやがて一〇〇万戸台を割るのではないか、という悲観的論議がささやかれたのは。ところが昭和五十九年度にはやや増加傾向に転じ、この年度建設戸数は一二一万戸、そして昭和六十年度には一二五万戸へと増加した。